大学でドイツ語を専攻し、後にドイツに渡ったあかおにだったが、スペイン愛は消えず、いつかスペイン語を勉強したいという思いはずっと持ち続けていた。
ドイツにはフォルクスホッホシューレ(Volkshochschule)という言わば市民大学とカルチャーセンターの一緒になったようなものがあり、ここでは様々な講座やレッスン、ワークショップなどが開催されている。
ドイツでは時間を持て余し気味だったこともあって、あかおには何かに参加してみようと思い立ち、受講要綱を手にした。
そこにはドイツ語や英語に並んで、スペイン語の講座も掲載されていた。平日夜のコースだったが、バスで片道30分弱の職場に通い残業もほぼなかったあかおにには、全く問題なし。授業が行われるのは徒歩で行ける距離の地元の学校の校舎で、続けるのに申し分ない条件だった。
ちょっと脱線するが、Volkshochschuleは通常公共の建物を利用する。Volkshochschule独自の建物のほか、夜間には授業の行われていない学校なども頻繁に使われる。
受講できる課目は語学のみならず、コンピュータプログラミング、経理知識を学ぶ講座、ダンスやヨガ、写真教室など多彩だ。あかおには他にも、陶芸教室、話し方教室、週末を利用した裁縫のワークショップや自分に似合う色を発見するためのワークショップなどに参加したことがある。
講師は現役や引退した学校の先生、その道のプロ、趣味が高じて玄人はだしの技や知識を身につけた人など様々だ。週に2回、毎週、隔週で数ヶ月間、週末のみなど、頻度や期間はまちまちだが、材料費のかかる講座なども含めて、受講料もリーズナブル。コースによってはあっという間に申し込みが一杯になってしまうものもある。
さて、時は移り、Volkshochschuleで一区切りが半年のスペイン語コースを3つか4つ終えた頃、このままではあまり理解が深まらないと感じ始めたあかおには、スペインで夏期集中講座に出てみようと考えた。Volkshochschuleでの授業は教科書中心だったが、教材は理解が深まるようにシステマチックに教えることより、ざっと一般的なアイデアを提供するのが狙いのように思われたからだ。
そこで、当時の講師からアドバイスを得て、スペインのいくつかの大学から資料を取り寄せた。あかおにの基準は日本人があまり行かない、つまり日本語の会話ばかりにならないところで、標準的なスペイン語を話す地域。最終的に選んだのは、スペインの真ん中、カスティーヤ・イ・レオン州(Castilla y Leon)にあるバヤドリド大学(Universidad de Valladolid)の講座だった。
ちょっと記憶が曖昧だが、夏期講習が受けられるのは確か1週間から2ヵ月ぐらいまでで、短いと卒業証書が出ないといった条件はあったが、受ける側の都合に合わせて受講内容や期間が選べた。宿泊も自分で探す、ホストファミリーを探してもらう、寮生が夏休みで留守にしている大学の寮の空き部屋を使わせてもらう、などの選択肢が与えられていた。
日本と比較するとまとめて休みを取る人の多いドイツでは、2、3週間はザラだったが、あかおには標準を上回る3週間半の有給休暇を申請した。ドイツとはいえ日本企業の現地法人に勤める身では、異例のことだったようだ。日本人だけでなく、ドイツ人にも冷やかされたが、不在中迷惑をかけないようキッチリ仕事を片付ける約束をして、要求を呑んでもらった。
そして、8月のある日、あかおにはスペインに向けて旅立った。
マドリッドの空港からバヤドリドまではバスで約1時間。到着したターミナルは市の中心部から少し離れた所にあり、構外に出ると人気もまばらで少々心細い感じだったが、あかおにはついに憧れのスペインに第一歩を記したのだ。