バヤドリド(Valladolid)のバスターミナルに降り立ったのは午前中だったが、気温はぐんぐん上がり、照り返しも眩しい。ドイツでは忘れかけていた、久しぶりの真夏の暑さだ。

ヨーロッパのバスや電車のターミナルは市の外れにあることが多い。ここでも一歩外に出るとごく普通の道路と住宅があるだけで、店舗すらまばらだ。ターミナル内で幾人かに尋ね、市街地に向かうバスに乗り換える必要があるのは分かったが、どこからどのバスに乗れば良いのか、今ひとつハッキリしない。

ターミナル構内を出て辺りをウロウロ歩いていたら、縁石のようなものに腰掛けていたおじいさんに声をかけられた。

「いい天気だね」、「暑いですねぇ」、「まだこれから暑くなるよ」といったお決まりの挨拶の後、どこから来たのか尋ねられた。さらりと「日本です」と答えても良かったのだが、眼光鋭いこのおじいさんとちょっと会話してみたい気もして、「私は日本人ですが、今はドイツに住んでいます」と言ってみた。

「ドイツ! なんでまた一体そんなところに!」「まあ、そうなんですけどね」「ドイツで勉強してるのかね?」「いえ、働いてます」「それにしても、美味い魚の食べられる日本を離れて、なんでドイツなんかに住むんだい!」「確かにその通りですけどねぇ」

期待を裏切らず、おじいさんは次々と質問を投げかけて来る。ヨーロッパの多くの人にとって、ドイツのイメージは、北にあって寒くて暗く、人は真面目だが面白味がなく、食べ物もそれほど美味しくない、というものだ。長年住んでいながらこう言ってはなんだが、あかおにもそれに関してはさほど異論がないので、「なんでまた!」という正直なおじいさんの態度がおかしくて仕方なかった。

そんな風にひとしきり話した後で、おじいさんが「それで、ここには何しに来たの?」と聞いて来た。これはしめた!とばかりに、スペイン語の勉強のためで、これから大学の寮に行きたいが、市街地に行くバスがどこから出るのか分からず困っている、と伝えてみた。

「それならターミナルから出るよ」「さっき構内をウロウロしたけれど、見つかりませんでした」「そりゃ探し方が悪いんだ。外のバス停からは出てないよ」「何番のバスかご存知ですか?」「それは知らんが、中で聞いたらすぐ分かるさ」

というわけで結局振り出しに戻ったわけだが、今度は何とかお目当のバスを見つけることができ、無事に市の中心にたどり着いた。

まだスマホのない時代で、ここからは地図が頼りだ。普段は方向感覚に自信のあるあかおにだったが、なぜか小さな間違いや勘違いを繰り返す。実際には徒歩5分程度の距離にあったにもかかわらず、炎天下の真っ昼間に、3週間分の荷物の入ったスーツケースとリュックサックを持って、2、30分近く迷ったのではないだろうか。

暑さと焦りで頭の中にジワジワとパニックが広がり始めた頃、ある建物の入り口にようやく目指す寮の名前を見つけた。

入り口で受け付けを済ませると、早速部屋に案内された。6畳ほどの部屋にベッドと机と椅子があり、クローゼットも付いている。シャワーとトイレも備わっている。壁や床が薄く、ドアの下にも隙間があって、あちこちからいろんな音が入るが、掃除もきれいにしてあり、留守にしている寮生の生活を感じさせるものもない。なかなか快適そうだ。

ここを拠点に、いよいよ初のスペイン滞在が始まる。旅の疲れはあったが、この先の楽しい3週間への期待で、あかおにの胸は躍るのだった。

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