ナミビア代表には大学生や公務員、銀行員といったアマチュア選手が多いと聞いていた。ラグビーワールドカップ3連覇を狙うオールブラックスとは遠くかけ離れたレベルにいる、という認識を持っていた初心者のあかおにには、前半戦の展開は微妙に焦りを感じさせる落ち着かないものとなった。
強いはずのオールブラックスを相手に、ナミビアがペナルティーキックで得点を加算していく。今となっては、オールブラックスにも上手く流れに乗れない時や、凡ミスを犯す時があると分かるのだが、アンダードッグであるナミビアが巨人オールブラックスに果敢に戦いを挑む姿には、目を見張るものがあった。
後半はオールブラックスがいつもの調子を取り戻し次々と得点を重ね、最終的なスコアはニュージーランドの71点に対して、ナミビアは前半に決めたペナルティーキック3本のみの9点となるのだが、どんなに前進を阻まれても、点差が離れても、最後まで決して諦めないナミビアのプレーに、終盤には会場全体からナミビアコールが沸き起こる。あかおにの左後方に陣取るオールブラックスファンの女性も、大きな声でナミビアにエールを送る。
ピッチレベルに近い正面席のナミビアファンたちは、展開がどうなろうとも常に陽気で、歌い、踊り、ときおり歓声を上げながら試合を見守っている。自国のチームがワールドカップに出場し目の前で戦っていることそのものが彼らの喜びであるかのように。
途中、どこかでウェーブが始まった。確か下層階の客席から起こったと思うが、それがスタジアム中をぐるっと一周するのだ。気づくとあかおにたちのいる上層階でもウェーブが始まっている。座席から立ち上がり、両腕を天に向かって高く挙げ、歓声をあげる人の波があかおにのいるエリアにも到達する。誰もが嬉々としてこのムーブメントに参加する。興奮気味の笑顔と笑い声があちこちでこぼれる。
もちろん試合は進行しているのだが、このウェーブがなかなか終わらない。下層階でも上層階でも丸2周か、もしかしたらそれ以上回ったのではないだろうか。ピッチでの熱戦そっちのけでウェーブに興じる観客の様子に最初は少々面食らったが、これも一つの楽しみ方だと考えれば参加しない手はない。やってみると周りの人たちと奇妙な連帯感すら生まれる気がした。
後半オールブラックスは続々とトライを決めた。最後の最後まで全力を尽くしたが、結局ナミビアは一度もトライをあげられずに対ニュージーランド戦を終えた。しかし、試合終了後観客席に向かってお辞儀をするナミビアチームには、その勇敢な戦いぶりを称えて誰もが心からの拍手を送っていた。
後日知ったことだが、あの日オールブラックスはかなりの数の主力メンバーを休ませていた。あかおにの一席空けた左側にいた青年が選手紹介の時何やらブーたれていたのはそのせいだったのだ。それでもオールブラックスは強かった。たとえ若手であっても子供の頃からラグビーが身近にあり、さまざまなクラブやチームでの豊富なプレー経験があるからだろう。スキルとスピードを備え、攻防ともに無駄やムラの少ないハイレベルな試合展開を見せてくれた。
一方のナミビアは、学業や仕事を持つ選手も多く、普段から練習時間が十分に取れない。国内のラグビー人口が少なく、格上のチームと対戦する機会もなかなか得られないため、実力を付けたくてもその環境に恵まれないという。そんな天と地ほどの条件の違いを乗り超えて、ナミビアの選手たちは世界屈指のプロ集団であるオールブラックスを相手に、持てるものを出し切って最後の笛が鳴るまで走り、守り、攻め続けたのだ。多少なりともラグビーについて知恵がついてきた今、彼らの不屈の精神にあかおには試合当日以上に大きな感動を覚える。
ワールドカップ以外では、当時世界ランキング23位だったナミビアが1位のニュージーランドに立ち向かう対戦などほぼ考えられないそうだ。予選プールの組み分けによりたまたま成り立ったものだろうが、あかおには偶然にもかなり貴重な試合を観戦することになった。
スタジアムを後にして駅に向かう途中、ボランティアの人たちが一列に並び観客を見送っているゾーンがあった。身体の大きな年配の外国人ファンが、ハイタッチをしながら嬉々としてその列の前を駆け抜ける。踊りながら歩を進める人、楽しそうに歌うグループ、たくさんのグッズを抱え笑顔でボランティアに感謝を伝える人たち。
あの日あかおにはラグビーにはまった。
そしてもうこの愛は止められない。